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  三井の大番頭、第14代日本銀行総裁  
  池田成彬[いけだせいひん]  
  (1867〜1950)  
 

1867年8月15日(旧暦では慶応3年7月16日)山形県米沢生まれ。慶応義塾やハーバード大学に学ぶ。帰国後、時事新報から中上川彦次郎時代の三井銀行に転じ、同行の近代化に力を注ぐ。1919年(大正8)には筆頭の常務取締役になり、三井銀行株式の公開を推し進めた。1932(昭和7)年3月、団琢磨の死により三井合名会社常務理事、三井財閥の最高指導者となり、三井の改革を断行、「三井の大番頭」と呼ばれる。1936年引退。その後、1937年(昭和12)2月9日、第14代日本銀行総裁に就任、蔵相・商工相(1937)、さらに枢密顧問官(1941)を歴任するなど政財界で活躍した。1945年12月A級戦犯容疑者に指定されたが、翌年5月解除される。1950(昭和25)年10月9日逝去。

 
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