×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

← トップページに戻る
 
     
  島津製作所創業者  
  初代島津源蔵[しまづげんぞう]  
  (1839〜1894)  
 

1839(天保10)年5月15日、初代島津源蔵は、醒ヶ井魚棚(現在の堀川六条付近)で仏具三具足の製造をしていた父・清兵衛の二男として生まれる。1860(万延1)年21歳のときに、父に従って家業を修め仏具三具足の製造を始める。その頃初代源蔵が居を構えた木屋町二条では勧業場、舎密局等が開設され、京都の殖産興業の一大拠点となっていた。初代源蔵は、舎密局が開設されると足繁く通い、わが国の進むべき道は科学立国であるとの理想が芽生え、1875(M8)年3月31日、京都の木屋町二条南で、理化学器械製造の業を起こし島津製作所の始まりとなる。1894(M27)年逝去。

島津源蔵の祖先は、井上惣兵衛尉茂一といい、1500年代後半に播州に住んでいた。薩摩の島津義弘公が、京都の伏見から帰国の途上に、豊臣秀吉公から新たに拝領した播州姫路の領地に立ち寄った際、惣兵衛は、領地の検分などに誠心誠意お世話をし、その誠意に対する感謝の印として、義弘公から“島津の姓”と“丸に十の字(くつわ)の家紋”を贈られたと伝えられており、この家紋は現在でも島津製作所の社章となっている。

 
  参考文献検索  

[トップページに戻る]