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  第8代日本銀行総裁、横浜正金銀行頭取  
  三島彌太郎[みしまやたろう]  
  (1867〜1919)  
  慶応3年薩摩藩士の長男として生まれ、駒場農学校を卒業後渡米し、優秀な成績でボストン大学より農政学の学位を取得した。通算7年半の海外生活の後帰国し、明治30年、31歳で貴族院議員に当選し、明治35年より予算委員として活躍する中で金融経済に精通した。横浜正金銀行取締役、頭取を経て、大正2年、日本銀行総裁に就任。貴族院議員と日銀総裁の2つの激務を終始忠実に果たし、第1次大戦直後、急病により現職のまま亡くなった。徳富蘆花の『不如帰』のモデルとしても知られている。  
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