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  ヤマハ中興の祖、ヤマハ発動機創業者  
  川上源一[かわかみげんいち]  
  (1912〜2002)  
  ヤマハを楽器やオートバイのトップブランドに育てたほか、スポーツ用品、リゾート事業も手がけ、グループの多角化にも大きな成果を挙げ、ヤマハ中興の祖と呼ばれる。しかし、強烈な個性とワンマンぶりから「川上天皇」とも称され、浩氏まで川上家が3代、社長の座に就き、世襲制への批判も噴き出した。

1912(M45)年1月、静岡県浜名郡豊西村(現・浜松市恒武町)で、日本楽器製造社長を務めた川上嘉市氏の長男として生まれる。
1934(S9)年、高千穂高等商業(現・高千穂商科大)卒業後、大日本人造肥料(日産化学工業の前身)へ。

1937(S12)年7月、父嘉市氏が社長を務めていた日本楽器製造(現ヤマハ)に入社、1946(S21)年、取締役に就任。1950(S25)年には、嘉市氏のあとを受けて4代目社長に就任。製造ラインの合理化に努め、同社をピアノ生産量で世界一の座に押し上げた。
1959(S34)年に日本で初めて電子オルガンを開発、「エレクトーン」の商品名は、電子オルガンの代名詞にもなっている。

さらに1966(S41)年には財団法人ヤマハ音楽振興会を設立し理事長に就任。国内はもちろん世界各地に音楽教室を開設、音楽の普及にも大きな功績を残した。なかでも子どもたちの音楽の自作自演活動JOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)は、世界各地で演奏会を開き、幅広い評価を得ているほか、JOC出身の数多くのアーティストが音楽界の一線で活躍している。1995(H7)年から名誉会長。

1954(S29)年にはオートバイ事業に進出し、翌年の1955(S30)年には赤トンボの愛称で親しまれた「YA−125」が大ヒット、ヤマハ発動機を設立して社長を兼務。その後、ホンダに続く世界2位のオートバイメーカーに成長させた。1982(S57)年、ホンダとの二輪車シェアをめぐる激烈なトップ争いは、2万円台バイクまで登場させ、「HY戦争」と呼ばれた。

その他、ピアノフレーム材の技術を応用したスキー板などのスポーツ用品やリビング用品、マリンレジャー用品などにも進出。さらに合歓の里(三重県)、つま恋(掛川市)など大規模なレクリエーション施設を開発し、積極的な多角化と海外進出で世界のヤマハグループを築き上げた。

1977(S52)年にいったんヤマハの社長を退いたが、後継者と経営方針をめぐって河島博社長(元ダイエー副会長)と対立、3年後の1980(S55)年に河島博氏を解任して再び第6代社長に復帰、話題になる。1983(S58)年に長男の浩氏に社長の座を譲った、社長退任後も相談役、会長などとしてグループの経営に力を振るい「川上天皇」と呼ばれる。1992(H4)年2月に浩社長が辞任したのを機に源一氏も現役を退き、最高顧問となり、40年以上君臨してきた経営の第一線から事実上退いた。以来、ヤマハグループの表舞台には姿を見せず経営に対しても一切口を閉ざした。晩年は長期の入院生活が続いていた。

2002(H14)年5月25日午後5時32分、老衰のため静岡県浜松市の病院で逝去。享年90歳。

 
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1950(昭和25)年
川上源一 第4代社長に就任
1951(昭和26)年 銀座ヤマハビル竣工
1953(昭和28)年 川上社長、欧米を視察
1954(昭和29)年 ヤマハオートバイ(赤トンボ)製造 開始
ヤマハHiFiプレーヤ製造 開始
1955(昭和30)年 ヤマハ発動機株式会社 設立
1958(昭和33)年 ヤマハ・デ・メヒコ(メキシコ市)設立
1959(昭和34)年 ヤマハ技術研究所 設立
エレクトーンD−1 開発
国産第一号のFRPアーチェリー 開発
ヤマハ音楽教室 開始
1960(昭和35)年
ヤマハ・インターナショナル・コーポレーション
(ロサンゼルス・現ヤマハ・コーポレーション・オブ・アメリカ)設立
ヤマハボート開発(後にヤマハ発動機(株)に移管)
1961(昭和36)年 FRP製スキー発売、バスタブ発表
鉄、アルミ合金(YFA)、銅チタン合金(YCUT)開発
1962(昭和37)年 中日本観光開発株式会社設立
1963(昭和38)年 ヤマハ月販株式会社 設立
1964(昭和39)年 鳥羽国際ホテルオープン
第一回エレクトーンコンクール開催
1965(昭和40)年 ヤマハ管楽器第一号YTR−1(トランペット)発売
打楽器製造 開始
アメリカにヤマハ音楽教室オープン
1966(昭和41)年 ヤマハ・ミュージック・アジア設立(シンガポール)
ヤマハ・ヨーロッパ(ハンブルグ)設立
エレクトリックギターSGシリーズ発売
財団法人ヤマハ音楽振興会 発足
第一回全日本LMC(ライトミュージックコンテスト)開催
1967(昭和42)年 コンサートグランドピアノCF 発売
エレクトリックギター・ブルージーンシリーズ発売
クラシックギターGCシリーズ 発売
NSスピーカ 発表
合歓の郷オープン
西ドイツにヤマハ音楽教室オープン
1968(昭和43)年 株式時価発行(日本初)
NSステレオシステム発表
合歓の郷ミュージックキャンプオープン
第一回作曲コンクール(ポプコンの前身)開催
ケンブルオルガン 設立
1969(昭和44)年 台湾山葉(台北)設立
ヤマハ・カナダ・ミュージック(トロント)設立
ナルードヤマハ(ノルウェー)設立
ローズミュージック(オーストラリア)設立
1970(昭和45)年 高雄山葉 設立
1971(昭和46)年 IC生産開始
1973(昭和48)年 ヤマハ・ミュージック・フランス(マルヌ・ラ・バレー)設立
1974(昭和49)年
株式会社ヤマハクレジット 設立
ヤマハ・ミュージカル・プロダクツ(ミシガン州)設立
ヤマハ・インドネシア(ジャカルタ)設立
NS−1000M発売
日本で始めての本格的PAミキサーPM1000 発売
1975(昭和50)年 ヤマハ・スベンスカ(現ヤマハ・スカンジナビア/スウェーデン・ヨテボリ)設立
ヤマハ・デ・パナマ設立
エレクトーンGX−1 発売
1976(昭和51)年 システムドラムYD−9000 発売
エレクトリック・グランドピアノCP−80 発売
1977(昭和52)年 河島 博 第5代社長に就任
1978(昭和53)年 ピアノシティ、エレクトーンハウス 展開
1979(昭和54)年 ヤマハ・マニュファクチュアリング(ジョージア州)設立
管楽器アトリエ(ハンブルグ)開設
1980(昭和55)年 川上源一 第6代社長に就任
ヤマハ・ピアノテクニカル・アカデミー 設立
ポータサウンドPS−1・2・3発売
バドミントンラケット 発売
チタライト(チタン合金)発売
1981(昭和56)年
ヤマハ・エレクトロニクスU.S.A.(カルフォルニア州) 設立
ヤマハR&Dスタジオ(カリフォルニア州)開設
スキーウェア 発売
SITL(静電誘導トランジスタロジック)開発
JOC国連本部で初演
中日本観光開発(株)がヤマハレクリエーション(株)(現ヤマハリゾート株式会社)に社名変更
1982(昭和57)年 ピアノプレーヤ 発売
テニスラケットYFG45 発売
カーボンコンポジットゴルフラブ 発売
CDプレーヤCD−1 発売
1983(昭和58)年 川上 浩 第7代社長に就任
クラビノーバYP−10・20・30 発売
デジタルシンセサイザーDX7・DX9発売
コンサート・グランドピアノCFV 発売
米国オーリン社とのOlin195の加工・販売に関する業務を提携
カスタムLSI販売開始
MSXパーソナルコンピューター 発売
1984(昭和59)年 産業用ロボット「ラムダー1」「カッパー1」発売
FM音源用LSI「YM3526」・画像処理用LSI「V6355」開発
1985(昭和60)年 完全事業部制実施
デジタルシステム研究所 設立
基礎研究所 設立
R&D東京・管楽器アトリエ(パリ)開設
1986(昭和61)年 ヤマハ・エレクトロニクスUK(英/ワトフォード)設立
ヤマハ・ミュージック・オーストラリア(メルボルン)設立
ヤマハ・アッセン・エレクトロニカ・ムジカル(マドリッド)設立
ヤマハ・コーポレーション・オブ・ヨーロッパ(ロンドン)設立
ピアノプレーヤ(MIDI付)発売
ベストセラーとなった初めてのDSPエフェクター SPX90 発売
1987(昭和62)年 創業100年を記念して社名をヤマハ株式会社に変更
ヤマハ・コーポレーション・オブ・アメリカ(カリフォルニア)設立
ピアノアーチストサービスセンター(パリ、ロンドン)開設
R&Dロンドン 開設
ウインドMIDIコントローラーWX−7 発売
1988(昭和63)年 ヤマハ・エレクトロニクス・フランス(ローニュ)設立
ヤマハ・ミュージック・ベネルックス(ユトレヒト)設立
ヤマハ・ミュージック・オーストリア(ウィーン)設立
デジタルシンセサイザーEOSシリーズ 発売
1989(平成 1)年
快適音場空間「アビテックス」発売
シンセサイザーSY−77 発売
セミコンサート・グランドピアノS−700E 発売
1990(平成 2)年 天津ヤマハ生産開始
スーパーウーファーSW−1000・AVアンプAVX−2000DSP 発売
ヤマハリゾート株式会社 設立
1991(平成 3)年 ヤマハ・エレクトロニクス・マニュファクチュアリング(マレーシア)設立
ピアノ生産500万台達成・管楽器生産500万台 達成
ヤマハリビングテック株式会社設立
エレクトーンEL−90・70 発売
薄膜磁気ヘッド生産 開始
ヤマハメタニクス株式会社 設立
「キロロ」オープン
アクティブ・サーボ・スピーカYST−SD90、ニューヨーク近代美術館に永久保存
1992(平成 4)年 上島清介 第8代社長に就任
ウィーンフィルから感謝状
PS電源「資源エネルギー庁長官賞」を受賞
薄膜ヘッド「中日産業技術賞」「日経製品優秀賞」受賞
ヤーゲ、スキーPROTO SLでオリンピック金メダル
第一回ミュージック・クエスト世界大会 開催

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