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  第12代日本銀行総裁  
  土方久徴[ひじかたひさあきら]  
  (1870〜1942)  
  1870(M3)年、三重県旧伊勢菰野(いせこもの)藩主の二男に生まれ、東京帝国大学を卒業後日本銀行に入行した。英国等への留学、営業局長、ニューヨーク・ロンドン代理店監督役、理事を経て日本興業銀行総裁として転出し、1926(T15)年、日本銀行副総裁に就く。1928(S3)年06月12日、第12代日本銀行総裁に就任してからは、金融恐慌の際に日本銀行が実施した臨時貸出の資金が未だ市中に滞留していたことを憂慮し、国債の売オペレーションによって早期回収に向け尽力したほか、1930(S5)年の金輸出解禁から1931(S6)年の金輸出再禁止へと通貨制度が変更される中にあって金融政策の舵取りを行った。しかしながらこの間、緊縮財政と、折悪しく発生した世界大恐慌の影響が相俟ってわが国経済が深刻なデフレに陥り、打開策として金本位制からの離脱後直ちに積極財政への政策転換が図られたことを受け、後にインフレの元凶となった赤字国債の日銀引受けを余儀なくされた。もっともこうした情勢にあって金融緩和の弊害を最小限に抑えるべく、金融調節手段として国債の売オペレーションを1932(S7)年、以降継続的に行ったことが知られている。1935(S10)年、貴族院議員に勅撰されたのを機に辞任し、1942(S17)年、病のため72歳で逝去。  
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