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  有線ブロードネットワークス社長・インテリジェンス会長  
  宇野康秀[うのやすひで]  
  (1963〜)  
 

ブロードバンド時代の新旗手。有線ブロードネットワークス社長、インテリジェンス会長

1963(昭和38)年8月12日大阪府出身。
1988年明治学院大学法学部法学科卒業。大学在学時代にプロデュース研究会を設立。大学と企業を横断する学生プロデューサーの嚆矢として、資生堂や西武百貨店などとイベントを実施。躍進企業研究会代表として学生間の企業情報交流も組織化。高校時代から、松下幸之助や本田宗一郎といった経営者の本が愛読書で、起業を志す。
1988年4月潟潟Nルートコスモス入社。リースマーケティング事業部にて不動産活用の企画コンサルティング業務に従事(〜89年9月)。

1989年6月大学の友人とリクルートの社員に声をかけ4人で、人材ビジネス会社の潟Cンテリジェンスを創業し代表取締役社長に就任。採用広告、会社説明会など、大企業の新卒採用業務の代行からスタートし、人材派遣・紹介、人材コンサルなど総合人材サービスを展開。人材ビジネス業界、成長率No.1を誇り、2000年4月26日店頭公開を果した。

1998年7月父親の跡を継ぎ、大阪有線放送社(2000年4月に本社を東京に移転し社名を蒲L線ブロードネットワークスに変更)の代表取締役社長に就任(99年より会長就任)。2000年3月から自社の光ファイバー網を使った超高速インターネット通信サービス『BROAD-GATE01』(ブロードバンド事業)を東京都内の一部でスタート。2001年秋からは東京23区及び全国政令指定都市へ順次全国展開していく計画で、「通信と放送の融合」をテーマに新規事業の開発を積極的に進めておりブロードバンド時代を牽引する起業家として注目を集めている。
2001年4月25日大証ナスダック・ジャパンへ上場。

現在蒲L線ブロードネットワークス代表取締役社長(1998年7月)、潟Tイバーエージェント取締役(1998年3月)、潟Cンテリジェンス会長(1999年12月)、潟ーズコミュニケーションズ代表取締役社長(2000年7月)、潟ーズ・ビーエムビーエンタテイメント取締役、モバイルインターネットサービス且謦役(2001年4月)を務める。

 
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