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  理研産業団創設者・農村工業の提唱者  
  大河内正敏[おおこうちまさとし]  
  (1878.12.6〜1952.8.29)  
 

東京都出身。生家は旧・大多喜藩主の子爵家だった。東京帝国大学工科造兵科卒。東京帝大教授・貴族院議員などを歴任後、1921(大正10)年に理化学研究所第三代所長就任。この時、セクショナリズム打破のために主任研究員制度を導入したことが研究費の増大につながり、その捻出のために理研の学術成果を理研自身で事業化する理研産業団建設の動機となった。

1927(昭和 2)年に磯部甫の発明した吸湿剤の工業化を契機として、理化学興業(現リケン)を設立・会長となる。その後、マグネシウム・ピストンリング・感光紙・合成清酒など理研の学術成果を事業化すると共に農閑期の農村労働力を活用し同時に農民の所得向上を図る「農村工業」を提唱。新潟県柏崎を中心とした村落毎に小工場群を設置し、低熟練の加工作業に農村婦人を従事させた。戦後、戦犯指定を受けた。

(2004/2/17 執筆者 杉山真大)

 
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